日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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9月6日の週報コラム「ひだり手」

戦後70年の「おわび」(2)

★(承前)それだけではありません。例えば韓国との関係で言えば、日本は1965年に韓国政府と「日韓条約」を結んで、これによって日本の韓国に対する戦後賠償の問題は「すべて解決済み」という姿勢を、日本政府はとり続けてきました。しかしこれは、当時の韓国の軍事政権との間で、日本政府がいわば「手打ち」にしたもので、そこには実際に日本の戦争の被害に遭った人たちの声は届いていませんでした。その後、韓国人被爆者、強制連行によってサハリンに連れてこられ、敗戦後、日本によって置き去りにされたサハリン残留朝鮮人、朝鮮人BC級戦犯として処刑された人たち、そして「従軍慰安婦」とされた女性たち等、償われていない戦争の被害を訴える人たちが声を挙げるようになりましたが、日本の政府は一貫して「補償問題は解決済み」と木で鼻を括ったような対応を続けています。そういう日本の政府を戦後、形作ってきてしまった責任がわたしにはあり、そういう戦争以後のいろいろな問題について、わたしはアジアの国々の人たちに「おわび」しなければならない責任を負っています。
★でも「おわび」をするのであれば、一つ一つの問題の解決に取り組まなければなりません。問題が解決していないのに、「おわび」だけで事足れりとするのはゴマカシにすぎません。「おわび」は、戦争の時に行ったことのみならず、戦争後も今日まで、戦争で傷を受けた人たちのその痛み、苦しみの多くを、他人事のようにして放置してきてしまった、そのことへの「おわび」です。そうして「おわび」をするからには、その痛み、苦しみの一つ一つに向き合って、癒す働きを少しずつでも進めていかなければなりません。簡単なことではなく、時間の掛かることでしょう。今日まで70年の時があったのですが、わたしたちはそれに取り組んでくることができませんでした。そのことを「おわび」した上で、今からでも、一つ一つの事柄、一人一人の人の戦争によって受けた傷と苦悩に向き合って、傷を癒す働きをしていかなければならないと思うのです。
by oji-church | 2015-09-09 16:37 | 牧師からのメッセ-ジ