日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月30日の週報コラム「ひだり手」

戦後70年の「おわび」

★日本の首相による戦後70年の談話の中で、「侵略」や「反省」、「おわび」といったキーワードに触れるかどうかが注目されてきました。わたし自身はあの戦争は間違いなく侵略戦争であったし、それに対してわたしたち日本人は痛切に反省しなくてはならないと思います。ただ「おわび」ということについては、自分自身に引きつけて考えたとき、わたしがあの戦争の罪を「おわび」するべきなのかなあと、正直なところ少し違和感を感じてもいました。わたし自身はあの戦争が終わってから24年経って生まれました。テレビのニュース番組で大学生など若い人たちが自分たちの「戦後70年談話」を作ろうという特集でやっていました。そこでもやはり若い人たちが「おわび」という点について議論していました。「自分たちが直接関わっていないことに対して『おわび』していても前に進むことができない。自分たち若い世代はもっと『未来志向』で考えるべきだ」という人もいました。「未来志向」という言葉は今の日本の政府も使っています。
★それでも、すぐさま「未来」に目を向けてしまうことにも、何となくためらいを感じます。わたし自身は1969年、日本の高度成長のまっただ中に生まれました。日本にとっての戦争は終わっていましたが、周囲のアジアの国々はどうだったかと言えば、中国では共産党と国民党の内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争と、なお戦争がうち続いていました。日本は「朝鮮特需」という言葉があったように、それら周囲のアジアの国々の戦争の陰で、経済成長を謳歌してきました。そのただ中にわたしは生まれました。かつて日本の行った戦争には直接関わってはいませんが、その戦争の後、日本の戦争によって引き起こされたアジアの混乱に乗じる形で日本は経済発展を遂げてきました。わたしはそのただ中で生まれて、その恩恵を十二分に受けて生きてきました。しかしそういう日本の発展の陰に置かれた、かつて日本が侵略したアジアの国々に生きる人々の苦悩をほとんど知らずに生きてきました。そういう責任がわたしにはあります。(つづく)
by oji-church | 2015-09-02 12:56 | 牧師からのメッセ-ジ