日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月2日の週報コラム「ひだり手」

平和憲法の陰で

★いま国会に「安全保障関連法案」が出され、平和憲法の意味がクローズアップされています。日本は平和憲法下でこの70年間、ひとまずの「平和」の中に暮らしてきましたが、韓国・朝鮮や沖縄に暮らす人たちにとっては、この70年は平和な年月ではまったくありませんでした。第二次世界大戦後、朝鮮ではすぐさま朝鮮戦争が起こり、国が分断され、その後には韓国では軍事独裁政権が建てられ、朝鮮でもやはり独裁政権になっていきました。その背後には、それ以前に日本が朝鮮を植民地支配していたことが深く関わっています。植民地支配下にあって日本は朝鮮から、日本にとっての利益だけを引き出そうとして、朝鮮人にとって益のある仕方で朝鮮の社会を整えることは全くしませんでした。多くの人が強制連行、強制労働に従事させられ、少女たちは従軍慰安婦とされました。このため第二次大戦後、朝鮮では社会資本や人材が十分でなく、朝鮮の人たち自身による国づくりが自由に出来ず、そのためにアメリカやソ連の都合によって戦争、分断、独裁となっていきました。日本に残った朝鮮人は、1947年5月2日、日本国憲法施行の前の日に「外国人登録令」によってそれまで日本の植民地出身者として持っていた日本国籍を奪われ、権利を保障されずに、厳しい差別の下に戦後を歩んできました。
★沖縄は明治以前、琉球王国という独立した国でしたが、明治維新の時に、日本の軍隊の威圧の下に暴力的に日本に併合されました(「琉球処分」)。太平洋戦争下、本土防衛のための「捨て石」にされ、住民の4人に1人が沖縄戦で命を落としました。戦後、人権が保障されない米軍の軍政下に置かれ、土地を奪われて基地にされ、サンフランシスコ講和条約によって日本が占領を脱したのと同時に日本から切り離され、その後も1972年の「復帰」まで、米軍軍政下に置かれました。「復帰」後も、米軍基地のほとんどが沖縄に置かれ続け、本土で米軍基地が返還されると、それが沖縄に移されて沖縄の米軍基地がさらに増えるという状況が続いてきました。その結果、日本の国土の0.6%の沖縄に在日米軍基地の74%が集中するという現在の有様になっているのです。
★日本はこの70年間、確かに平和憲法によって「平和」を得てきましたが、それは同時に戦前、日本の植民地とされた地域の人たちの犠牲の上に形作られたものなのです。平和憲法による「平和」ということを考える時には、そうした、この憲法から切り離され、わたしたちが気づかないところで、わたしたちの「平和」のために辛酸をなめさせられてきた人たちがいることを忘れてはならないでしょう。
by oji-church | 2015-08-08 12:57 | 牧師からのメッセ-ジ