日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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3月22日の週報コラム「ひだり手」

山の上の夢(2)

★(承前)弟子たちは、イエス様が祈っておられるうちに白く輝き、モーセやエリヤという伝説の預言者たちと語り合っている姿を見ます。それを見たペトロは思わず、こんなふうに口走ります。「先生、わたしたちがここにいるのはすばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」。
★ペトロがそんなことを言ったとたんに、この光景は見えなくなってしまい、ただ声だけが聞こえてきます。それは「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」という声。そこにいたのは、「ただの人」イエス様だけでした。それは、権力者の力の前にあえなくつぶされてしまう弱く小さな存在としてのイエス様です。「この山の上に小屋を建てましょう」と提案したペトロは後に残ったこの小さなイエス様の姿にがっかりしたかもしれません。でも、イエス様がこの山の上、ひとりで祈る場所に弟子たちを連れてきて示そうとされたのは、むしろこの小さな姿にむかって響く神様の声がある、ということだったのではないでしょうか。
★「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」。神様は、どんなに小さく弱い存在であったとしても、その人を、その命を、ご自分の掛け替えのない子どもとして選び出し、愛し、大切にされるということ。静かにひとりで祈る時、わたしたちはこの神様の声をこそ、聞くのだということを、示すために、弟子たちをこのひとりで祈る場所に伴われたのではなかったでしょうか。考えてみれば、モーセもエリヤも、それぞれに権力者たちの前には、たった一人の弱く小さな存在でした。しかし、その弱く小さなモーセやエリヤを選び、守り、寄り添い伴われ、大切にした神様がおられたということなのです。
by oji-church | 2015-03-22 11:10 | 牧師からのメッセ-ジ