日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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11月30日の週報コラム「ひだり手」

「小指の痛み」

★水曜日の朝、ダンボールの束を資源ゴミに出そうと牧師室から外へ出る扉を開けた。外は冷たい雨。外階段(今改めて数えてみたら5段あった)を降りようと足を踏み出したところ、ズルッ、ズルズルズルズルー、と一気に5段を滑り落ちて尻餅ついた。格好悪いので慌てて立ち上がったが、左手の小指が妙に痺れて痛い。どっかにぶつけただけかと思って、それでも痛いので湿布を巻いて、午前中は「聖書を読む会」をやった。ところが痛みは増すばかり。午後になって近くの病院に駆け込んでレントゲンを撮ったら、小指の先の骨が折れていた。なんてこったい! 思えば十年前、王子教会に赴任したての時に田端駅の階段から落ちて左手首を骨折して全治数ヶ月。あのときも秋雨の降る中だった。ちょうど十年目に同じように骨折するとは、何かのお告げと思えて仕方がない。
★あのときは利き腕でない左手一本でも使えなくなればこれだけ不便かと、普段気づかぬところで働いてくれていた左手にいたく感謝した(それでこの欄の名前も「ひだり手」となった)。今はそのときほどの不便はないけれど、添え木をして包帯を巻いているから手が洗えない。パソコンも小指が使えずミスタッチばかりで今も苦労してこれを書いている。来月北支区の教会音楽祭で弾く予定のウクレレは薬指でカバー、という具合。
★痛み止めの薬が切れてくるととたんに痛み始める。「小指の痛みは全身の痛み」という言葉を沖縄の基地問題や差別の問題に触れる中で何度となく聞いてきたが、いままさに我が身をもって実感している。小指の先まで繋がって自分は生きているんだと。しかし世の中は、非正規雇用を増やして人間をバラバラに切り離しておいて、どこまでも大企業優先という「○○ノミクス」だかに狂奔している。小指の先の痛みを感じないのは、それを感じられなくなっている脳ミソのほうがオカシイのだとも気づかずに。「頭が小指に向かって『お前は要らない』とは言えない」(Ⅰコリント12章参照)と、生きている体なら本来言えないはずのことを言っているのが今の日本という「体」なのだとしたら、その体はもう死にかけているのかもしれない。ご用心。
by oji-church | 2014-12-02 11:11 | 牧師からのメッセ-ジ