日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月18日の週報コラム「ひだり手」

平和の福音

★1月にパレスチナを旅して、多くの人と出会い、平和について様々に考えさせられました。その一つは、平和とは単に国と国との問題ではないということです。パレスチナの平和とは、パレスチナで出会ったあの人、この人、一人ひとりにとっての平和でなければならないということです。パレスチナで出会ったあの人、この人が、一人ひとり、安心して与えられた命を日々喜びを持って生きることができるようになるということ。仮にパレスチナとイスラエルの間に和平が結ばれたとしても、わたしの出会ったあの人、この人が本当に安心して、日々与えられた命を喜んで生きることができないのだとしたら、それは平和ではないということを思わされました。
★それはわたしたちにとって無関係なことではありません。わたしたちも一人ひとり、あの人、この人であるからです。世界中のどこへ行っても、一人ひとり、あの人、この人がいない場所はどこにもありません。この一人ひとりが、本当に与えられた命を安心して、日々喜びを持って生きることができるようになることこそが平和だと思えば、平和は国の違いを越えて広がってゆきます。
★もう一つは、キリスト教と平和の関係です。パレスチナ問題は、しばしばユダヤ教とイスラム教の宗教対宗教の対立だと誤解されます。パレスチナ問題とは、イスラエル国家が軍事的な暴力によってパレスチナの人々の住まう土地を奪い取り、パレスチナの人々が生きられなくしているという問題です。パレスチナ人の中には、古来からのキリスト教を受け継いできたクリスチャンたちがいます。パレスチナ全体の中では少数ですが、この人たちが、キリスト教の福音にのっとって、非暴力によって平和のための活動を繰り広げている姿に深く感銘を受けました。パレスチナ人とイスラエル人同士が平和のうちに出会い、心を寄せ合うことのできる場を、パレスチナ人クリスチャンたちが懸命に形作っています。その姿に接して、この世界の中でキリスト教に役割があるとすれば、それは平和を証ししていくを措いて他にはない、との思いを強くしました。
by oji-church | 2014-05-22 17:06 | 牧師からのメッセ-ジ