日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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1月19日の週報コラム「ひだり手」

「風と霊」(1)

〈はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。……風は思いのままに吹く。あなたたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。〉(ヨハネによる福音書3章5~8節)。

★ここに突然「風」という言葉が出てくるのですが、実は聖書のギリシア語では「霊」と訳されている言葉と「風」と訳されている言葉は全く同じ「プネウマ」という言葉なのです。だからここでは「プネウマは思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。プネウマから生まれる者も皆そのとおりである」と書かれているのです。当時、人々は「風」というものと「霊」というものを区別していなかったのです。神様の息吹である「霊」が吹き込まれて、初めて命は「生きる」ものになります。同じものが空を渡り、海を渡り、山を越えて吹き渡る世界にわたしたちは生きている。そう考えていたのです。その吹き渡っているものをわたしたちは吸って生きているわけです。「空気」などという言葉はありませんし、地球は窒素、酸素、二酸化炭素からなる大気に覆われており、風は地球の自転によって起こる気流の流れである、なんていう所謂「科学的知識」も当時の人は持ち合わせていません。ただ、命は神様の息吹を吹き込まれて初めて生きる者となり、この世界はその目に見えない神様の息吹で覆われており、時に吹き渡る風のなかにわたしたちはそれを感じることができるのだけれど、その神様の息吹、風、霊、プネウマがどこから来てどこへ行くのか人には計り知れないと考えていたのです。
by oji-church | 2014-02-06 09:32 | 牧師からのメッセ-ジ