日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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11月24日の週報コラム「ひだり手」

「世の罪を取り除く子羊」

〈その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。」〉(ヨハネによる福音書1章29節)

★ヨハネはイエス様のことを「世の罪を取り除く神の子羊」と呼びます。「罪」とは聖書のギリシア語では「的外れ」という意味の言葉です。神様に向かって人間がかみ合っていない、向き合っていない、的外れな方を向いてしまっている有様を指しているのです。
★いまわたしたちの周囲の世界では、国同士がかみ合わず、向き合わず、それぞれに的外れな方を向いて、互いに相手を非難し合うような有様になっています。その中で隣国の「脅威」に備えて軍事力を高めよう、そのために外国の行う戦争に参加できるようにもしよう、国家にとって不都合な情報は秘密にし、それを知らせようとする者は厳しく罰することができるようにしよう、憲法も変えて紛う方無き軍隊を持つようにもしよう、とそんな動きが高まっています。これは正しい動きでしょうか。
★神様がいのちの造り主だとすれば、その神様に対する的外れとはすなわちいのちに対する的外れです。いまわたしたちの住まう国がそこへと向かおうとしている方向は、いのちに対する的外れではないだろうか。いのちを奪うための軍事力でもっていのちを守ろうというのは、いのちに対する的外れな振る舞いではないかと思うのです。そういう的外れな有様を正すのは、強い軍隊でもないし、経済的な繁栄でもなく、「神の子羊だ」と聖書は訴えます。「子羊」、それはちっちゃな、弱々しい存在です。でも、世を「罪」から救う、的外れな状態から救うのはそのちっちゃな弱々しい「子羊」だと言うのです。どういうことでしょうか。恐らくこういうことではないかと思うのです。この世の本当の姿は強く、高い所に自分の身を置いたところからは分からない。この世の本当の姿は、弱く小さな立場から見るときになって初めて分かるものです。
by oji-church | 2013-11-27 16:49 | 牧師からのメッセ-ジ