日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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10月6日の週報コラム「ひだり手」

「年寄りで何が悪い?」

★「敬老の日」というのは、兵庫県多可郡野間谷村(今は兵庫県多可町八千代区となっているそうですが)の村長と助役が1947年に「としよりの日」というのを提唱したのが始まりだそうです。「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」ということで、農閑期に当たって気候もいい9月中旬の15日を「としよりの日」と定めて敬老会を開くようになったそうです(ウィキペディアより)。その後「としより」という表現が良くないということで「老人の日」と改称されて、やがて国民の祝日として「敬老の日」と定められるようになったということです。
★「『としより』という表現が良くない」とされて「老人の日」とされたというのが気になります。確かに辞書を調べると「年寄り」という見出し語の後には「年寄りの冷や水」だとか「年寄りには新湯(あらゆ)は毒」など、高齢者を戒める言い回しが並んでいます。ただそればかりではなくて、「としより」という言葉には「武家の政務に参与した重臣」とか「江戸時代、町村の住民の長であった役名」などという意味が記されています。あるいは「年寄り役」として「老年であるため、経験に富んだものとして物事の取り扱いを任せられること」といった言葉もあって、「としより」という言葉には必ずしもマイナスの意味合いばかりが込められているわけではないのです。
★ですが「年寄り」という言葉は避けられるようになり、その後「老人」という言葉が用いられるようになりました。最近は「老人」という言葉も避けられ「高齢者」という言葉が使われるようになっています。
★しかしどうなのだろうか。「年寄り」から「老人」へ、「老人」から「高齢者」へと、言葉は味のある、手触りの感じられる言葉から、だんだんと無機質な言葉へと変わってきています。それと共に、歳を重ねた人に対する対応も肌身触れ合う関係から、無機質な制度上のものへと変わっていっているのではないでしょうか。もう一度「としより」という言葉本来の意味へと立ち返ってみてはどうかと思う。その人のところに人生の深い年月が寄り集まっているということを感じ受ける感覚へと立ち返るということです。
by oji-church | 2013-10-09 11:09 | 牧師からのメッセ-ジ