日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

9月8日の週報コラム「ひだり手」

「もう一匹の羊」

〈「ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか」〉(マタイによる福音書18:12)
★ここを読んでいて最近ふと気付かされたのは、イエス様が「迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか」と、問いかけているところです。「羊飼いというものは、一匹が迷い出たとしたら、九十九匹を山に残して置いてでも、捜しに出かけるものだ」と言い切るのではなく「捜しには行かないだろうか」とわたしたちに向かって問いかけ、尋ねかけているのです。
★確かに、たった一人の自分を見つけ出すまでどこまでも捜しに来てくれるイエス様と思えば、慰められるのですが、ひとたび現実に戻って「九十九匹と一匹とどちらが大事か?」と問われると、九十九匹の方が大事に思えてきます。一匹を捜してどこまでも出かけていくというのは、お話としては美しいものだけれでも、現実はそうはいかない。これはあくまで宗教上のこと、わたし一人の心の慰めであって、現実を形作っていくときにはそうはいかない。そういうふうに、わたしたちは宗教上の個人的な心の慰めと、現実社会の事柄とを分けて考えることに馴れてしまっています。でも、そういうわたしたちに向かってイエス様は尋ねかけてくるのです。「本当に、それでいいのかい?」と。
★わたしたちは九十九匹の中にいる。だけれども、わたしたちは九十九匹の中にあって、イエス様から問いかけ尋ねかけられている一匹でもあるということ。言い換えれば、わたしたちは迷い出た一匹と、それを捜して出かけていくイエス様と、そして、わたしたちの後ろにいる九十八匹との間にいるもう一匹の羊なのだということです。実は誰もがそんな迷い出た一匹と九十八匹との間にいる一匹、また一匹なのです。イエス様に「それでいいのかい?」「あなたはわたしと一緒に一匹を捜しに出かけないのかい?」と問いかけ、尋ねかけられている一匹なのだということ。
by oji-church | 2013-09-11 11:19 | 牧師からのメッセ-ジ