日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月18日の週報コラム「ひだり手」

「その町の平和を求める」(2)

★2011年3月11日の震災以後、今もなお避難生活を余儀なくされている人たちが7月30日に復興庁から出された統計によれは294,000人余りいるとのことです。今も避難所にいる人が107人。福島県では、県内に避難している方が95,204人、県外への避難者数は53,277人に上ります。原子力という巨大な力によって捕囚の憂き目に遭っている人たちと言ってもいいかもしれません。そればかりではありません。若い人は働くことの困難さの中で、高齢の方は日々のいのちをつなぐことの厳しさの中で、行き場を失っているような状況がわたしたちのすぐそば、わたしたちの間にあります。実は現代にあって、わたしたちみんなが捕囚の憂き目に遭っているのではないかと思うのです。そんな自分自身の身の置き所のなさ、苛立ちや不安をぶつける相手を探して、隣国を標的に敵愾心を燃えがらせているのが、わたしたちお互いの姿なのではないでしょうか。その傍らで独り、経済だけが、大手を振って闊歩している状況です。バビロニアは中国でも韓国でも朝鮮でもなく、わたしたちの社会の上に現にいま覆い被さっている金儲け第一主義なのではないでしょうか。
★しかしそうした中でも、わたしたちは中国の人とも朝鮮の人とも韓国の人とも、顔と顔とを見合わせる出会いを与えられているではありませんか。この王子の町で。その一つ一つを大切にしていくことこそが平和を創る働きなのだと思います。そう考える時、わたしたちの暮らすこの町ばかりでなく、他の町も、東京だけでなく、北京もソウルも平壌にも平和がなければ、わたしたちにも平和がないということが分かってきます。
★その町が、ホームレスの方が路上で命を失う町であるならば、わたしたちに平和は訪れません。その町が、「韓国人をぶっ殺せ」という叫びが上げられる町であるならば、わたしたちに平和は訪れません。その町が、スポーツの試合で互いに罵声を浴びせ合う町であるならば、わたしたちに平和は訪れません。その町の平和があってこそ、わたしたちにも平和があるのだから。 国や民族同士の対立や敵愾心に煽られるのではなく、それぞれの町に生きる人々と顔と顔とを合わせながら、それぞれの人間の顔を思い描きながら、それぞれの町の平和を祈り、形作っていく者でありたいと願います。
by oji-church | 2013-08-21 12:58 | 牧師からのメッセ-ジ