日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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3月17日の週報コラム「ひだり手」

「祈りによらなければ」

《イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」 》(マルコによる福音書9章21~24節)

★信じていたからと言って必ずしも何でもできるとは限りません。でもイエス様はあえてそう言ってしまうのです。イエス様にそう言わせたものは何だったのでしょうか。病に苛まれる自分の子どもの苦しみをどうすることもできないお父さんの痛み、悲しみ、辛さ、ふがいなさ、悔しさ。そんな気持ちを全部、イエス様も一緒になって噛みしめたのだろう。その中から「信じる者には何でもできる」というすさまじい発言が飛び出してきたのじゃないか。お父さんは言います。「信じます。信仰のないわたしをお助けください」。このお父さんは信仰があるのでしょうか。ないのでしょうか。誰も答えを出すことは出来ないでしょう。
★でもここに一つ確かなものがあります。「祈り」です。「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねる弟子たちにイエス様は言われます。「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と。ここでの「祈り」とは、イエス様がこの子のために祈ってあげたから、霊は追い出され、この子は救われたのだと解釈されるところでしょう。でも、それはまたこのお父さんの「祈り」、「信仰のない」と言うこのお父さんの「祈り」でもあるんじゃないかと思うのです。イエス様は「信仰がない」という人たちとも祈りを共にすべきことをわたしたちに教えておられる気がします。震災から二年、被災地にある人たちと「祈り」を共にしてゆきたいと願います。
by oji-church | 2013-03-21 09:46 | 牧師からのメッセ-ジ