日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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12月2日の週報コラム「ひだり手」

「ありのまま」(1)

《イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。》 (ヨハネによる福音書4章13~17節)

★井戸端は、女性が集まってわゆる「井戸端会議」をする場所でした。水汲みという重労働は、日差しがきつくなる前の朝方にやる仕事でした。ところがこの場面は「正午ごろのことである」と語られています。女性は「ふしだらな女」というレッテルを貼られて、人目を忍んで、人のやってこない昼日中に井戸に来なければならなかったのです。そういうこの女性に対して、イエス様は最初こそ「水を飲ませてください」と下手に出ながら、結局は「『生きた水』によってあなたを救ってあげよう」とお説教を垂れているように読めます。でもそんな「イエス様」は、なんだかイエス様らしくないな、という気がするのです。あの「長血を患った女性」との触れ合いの場面ではイエス様は「あなたの信仰があなたを救った」と語ります。「わたしがあなたを救ってあげよう」なんてお説教は垂れないのです。(つづく)
by oji-church | 2012-12-05 11:57 | 牧師からのメッセ-ジ