日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

11月18日の週報コラム「ひだり手」

「わたしに逆らって響いてくる声」

★エドアルド・シュバイツァーというドイツの聖書学者がこんなことを語っているそうです。大自然の中に出て行ってそしてそこで神様の大いなる働きを体験するということはとてもすばらしいことだけれども、それだけではいけないのだ、と。なぜかと言うと、大自然の中に出ていって神様のみこころを自分なりに考えたりする時に、「わたし自身に逆らって神様の言葉が臨んでくることがほとんどないからだ」と言うのです(青野太潮『見よ、十字架のイエス・キリスト』より)。
★わたしたちは普段、殺人や戦争等、心地よくない情報に日々晒されているのですが、実はほとんどの場合、そうした情報に「耳をふさいで」生活しています。「オレには関係ない」と。
★そんな中で教会では、耳障りのいい、心地よい、時にはホロリとさせられるようなお話を聞くことができれば申しぶんありません。それで教会は、わたしにとって都合のいい避難場所・隠れ場所になるのでしょうけれども、それではわたしたちは「自分」というものの中から一歩も外に出ないことになります。「自分」というものの中から一歩も外に出ないのだとしたら、わたしたちは本当の意味での生きることの喜びとか、生きることの意味を知らされることがないのだと思います。本当の喜びというのは、わたしたちの予想を超えたところから、予想を裏切ってわたしたちのもとを訪れるものです。わたしたちが本当に生きることの意味を知らされ、生きることの本当の喜びを見出すためには、やはり「わたしに逆らって」響いてくる声にしっかり耳を傾ける必要があると思うのです。
by oji-church | 2012-11-22 14:54 | 牧師からのメッセ-ジ