日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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11月11日の週報コラム「ひだり手」

「雀と共に地に落ちる神」

〈体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。〉(マタイによる福音書10章28~29節)。

★もとのギリシア語聖書ではこう書かれています。「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。これらのうちの一羽でも、あなたがたの父なしでは、地に落ちることはないのだ」と。二羽で一アサリオン(当時最も小さなお金の単位)ということは、一羽では値段の付かないほど値打ちの無いものということです。しかしそんな雀一羽であっても、死ぬ時には神が共に抱き留めて地に落ちるのだということ。
★もともと命に値段など付かないのです。この雀と共に地に落ちる神様の姿は、その本当の命の姿、値段の付かない命の大切さ、命の重みをわたしたちに教えているのではないでしょうか。1円にさえ満たないこの小さな雀の一羽であっても、それが地に落ちる時には、その命を抱きしめて共に地に落ちる神様がおられる。どの命も、その命を抱き留める神様とのつながりの中に生かされ、また死ぬものなのです。これが命の本当の姿、つながりの中に生かされている命の姿なのでしょう。魂とは、生きるにも死ぬにも神様とのつながりの中にある命の姿のことなのでしょう。
★わたしたちはいま、命を値踏みしてそれを巡って綱引きを演じる社会に生きています。「体を殺しても、魂を殺すことのできない者を恐れるな」というイエス様の言葉は、そんな命の値踏みに引きずられて、あなたがたまで命を値踏みするようになってはいけない、という呼びかけなのかもしれません。
by oji-church | 2012-11-08 14:12 | 牧師からのメッセ-ジ