日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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9月30日の週報コラム「ひだり手」

弱さは自分のためならず

《力は弱さの中でこそ十分に発揮される》(コリントの信徒への手紙2.12:9)

★「弱さの中で発揮される力があるのだ」と神様はパウロに告げます。それは弱っている誰かを思いやり、支える力です。誰かが弱っている時、自分は強い立場に立って、その人に指一本触れずに「がんばって、自分のことは自分でやれ」と言うだけならば、それは何の支えにもならず、その人のいのちを圧迫するだけの力です。そうではなく、弱っているその人の傍らに、自分もまた弱さを負った一人の人間として共に座し、共に泣き、共に解決を求めて頭を悩ませ、共に汗をかいて立ち上がろうとする時、弱さの中で、本当に人を支える神様の力が、わたしたちの〈あいだ〉に働くのです。
★「情けは人のためならず」という言葉があります。人に情けを掛けるのは、相手のためばかりでなく、やがては自分が助けを求めるときに、誰かに情けを掛けてもらうことになる。だから自分のためと思って、人には情けをかけるものだという意味です。これを裏返して言うこともできるのではないか。「弱さは自分のためならず」。自分の負っている弱さというものは、それを自分で、人の手を煩わす「恥」だと思ってみたり、また、自分に人の同情を引き寄せるための手段なのではなく、自分の負っている弱さとは、弱っている誰かと同じ「低み」に自分を置き、共に泣き、共に解決を求めて頭を悩ませ、共に汗をかいて立ち上がろうとする、そのようにしてその人を支えるための「力」なのだということです。
by oji-church | 2012-10-05 15:11 | 牧師からのメッセ-ジ