日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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7月29日の週報コラム「ひだり手」

いま、この時の中に

★「時が満ちた」と聞くと、わたしたちは「ちょうど時間となりました」。約束の時間がやってきたと、そんな時間のことを思い浮かべがちです。時計で計る時間のことを。でもここで用いられているのは、そういう時計で計るような時間のことではありません。そもそも当時は時計などはありませんから、時間を正確に計ることなどは出来ません。ここで使われている「時」という言葉は、「いま、この時」というような意味の言葉です。「いま、この時」が満ちあふれている。いま、この時の中に何かが充満しているということ、それが「時が満ちている」という言葉の意味なのです。では、いま、この時の中に、いったい何が充満しているというのでしょうか。それはその次にイエス様が言っていることと関係しています。次にイエス様は「神の国が近づいた」と言います。「神の国」という時の「国」という言葉も、わたしたちが普通に思い描く国境線で囲われた「国」というものではありません。それは普通一般には「支配」と訳される言葉です。「神の国」とは「神の支配」ということです。
 聖書を読むと、神様はこの世界を片時も離れず、細やかな配慮を持って、あれにもこれにも、細々としたこと一つ一つに至るまで、この世界のいわば面倒を看る神様であることが分かります。それは細々と働く神様です。ですから「神の支配」とはいわば「神の働き」と言い換えてもいいものです。つまり、「時が満ち、神の国が近づいた」というのは、いま、この時の中に、神様の細々として働きが、あそこにもここにも、わたしたちの生きているこの世界のすぐ近くに充ち満ちている、ということなのです。
by oji-church | 2012-08-01 15:18 | 牧師からのメッセ-ジ