日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月6日の週報コラム「ひだり手」

「もう子どもじゃない」(1)

〈同様にわたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。しかし時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。〉(ガラテヤの信徒への手紙4章3~4節)

★パウロは、神様の約束を人間社会の相続を例に挙げて説明しようとしていますが、そこでパウロが言おうとしているのは、人間の相続の場合、子どもの内は相続は約束されていても、実際に親の財産を相続することは許されず、後見人や管理人の監視下に置かれるということです。
★子どもというのは何をしでかすか分かりませんから、親の財産を受け継いだりしたらあっという間に無駄遣いしてしまいかねない。だから親の財産を相続することは約束されていても、すぐにそれを受け継ぐことは許されず、後見人や管理人に見張られているというのです。で、この後見役、管理役が律法の掟であったというのです。律法の掟であれをしなさい、これをしなさい、あれをしちゃいけない、これをしちゃいけないと指図されてきた。子どもだったから。でもわたしたちは今や、イエス・キリストと出会ったのだ。イエス・キリストが十字架に掛けられたままの姿でわたしたちの前に現れて、こんなにも汚れ、捨てられ、惨めな姿となったとしても、神様はわたしたちを決して見捨てはしないということを教えてくれた。そのことをイエス様から教えられたわたしたちは、もはや子どもじゃない。何が本当に大切なことで、何が本当に必要なことで、何が本当に守らなければならないことで、何が本当に正しいことなのか、律法の掟によって「ああしなさい」「こうしなさい」「あれをしちゃダメ」「これをしちゃダメ」と指図されなくても、自分で祈り、自分で神様と対話し、自分で考え、自分で判断して、神様と共に歩む「おとな」になったのだ、ということです。(つづく)
by oji-church | 2012-05-09 10:59 | 牧師からのメッセ-ジ