日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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4月29日の週報コラム「ひだり手」

「顔の見える教会」

〈わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である〉(ヨハネによる福音書15章12節)
★2月22日の2012年度王子教会定期総会で新年度の教会の主題を「顔の見える教会」としました。このところの教会の状況は、だんだんといわゆる「高齢化」が顕著となり、それに伴って礼拝に出席できる人の数も限られてきています。しかし教会の課題はそうした「数」の部分にあるのではないと思っています。
★教会の課題とはつまるところ、いつの時代にもどんな状況にあってもただ一つ、「福音を宣べ伝える」ということにあるのだと思います。「福音」とは、「喜ばしい知らせ」という意味です。それを「宣べ伝える」ということは、自分以外の誰かの存在を前提としています。わたしたちは自分以外の誰かから「喜ばしい知らせ」を受け取り、それをまた、自分以外の誰かに「喜ばしい知らせ」として伝えるのです。
★自分一人分の「喜ばしい知らせ」は沢山あります。しかし自分以外の誰かと分かち合うことのできる「喜ばしい知らせ」は、誰かと顔と顔とを合わせて出会い、その労苦を分かち合うことによってしか得られるものではありません。
★都会では、人と人との触れ合いにまつわるいろいろな「煩わしさ」を避けようとして、人々はお互いの間に「無関心」「没交渉」という「空白地帯」を設け、人の苦しみは「自己責任」として捨て置かれます。しかしそのような都会のあり方が、地方に犠牲を強いて省みない、罪深いものであることが、今回の大震災では明らかになったと思います。わたしたちは、不特定多数の中に隠れた誰でもよい一人ではなく、神様から愛を受けて「あなた」と呼びかけられた、かけがえのない「わたし」となって、出会う一人また一人の存在を大切に受けとめて「あなた」と呼びかけ、その苦しみや悲しみを共に感じ受ける一人の人間へと立ち帰ってゆく必要があります。
by oji-church | 2012-05-05 12:29 | 牧師からのメッセ-ジ