日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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3月18日の週報コラム「ひだり手」

「心の内部被曝」(2)

★わたし自身、釜石で瓦礫を運んでその集積場に行ったことがありました。途方もない量の瓦礫です。案内してくださった市の担当者は約12年分の廃棄物が一気に出た計算だと言っていました。他の自治体に協力してもらわなければ、とても釜石市だけではまかなえないとも。集積場から帰る車の中でその方は、自分は阪神淡路大震災の時に何もしなかったのに、大勢の人たちが釜石にこうして助けに来てくれて言葉がないとおっしゃていました。そのときには、瓦礫の広域処理にまさか反対の声が湧き起こるとは思ってもいなかったでしょう。
★汚染されているかもしれない瓦礫は被災地で何とかしてくれ。自分の近くには持ってこないでほしいというのは、沖縄に米軍基地があるのは仕方がない。でも自分の近くには持ってこないでほしいというのと似ている気もします。米軍基地ならば、皆が「やはり軍隊など要らない」と決断することで無くすることができますが、放射能は一度環境に出てしまえば無くすることはもはやどうひっくり返ってもできません。その一方で、小さな子どもたちを少しでも放射能から守りたいという気持ちも大切にしていかなければなりません。そのためにはなるべく放射能のある場所を広げないことも大事です。そう考えるとどうしたらいいのだろうかと考え込んでしまうのです。
★あの震災から一年。最初は、突然理不尽な苦難に直面した隣人を思って助け合う関わり合いが生まれましたが、時が経つ中で、同じくいのちを大切に思う気持ちを抱えながら、意見の食い違い・すれ違い、それによる対立や摩擦がいろいろな場で浮き彫りになってきています。その多くは原発事故さえなかったら生じなかったものです。そういう意味で私たち自身が、知らず知らずの内にやはりあの原発の事故の影響に、心を蝕まれているのではないか。「心の内部被曝」という言葉にピンときたのです。わたしたちは誰もが実は、知らず知らずのうちに「心」を被曝しているのではないか。
★心の被曝に気づかないで人間同士が対立を深めていけば、わたしたちは自分自身を蝕んで、いっそう人間の自滅を早めることになるでしょう。そうならないために、わたしたちはお互いの言葉によく耳を傾け、とりわけ被災された人たちとよく出会い、そのいのちと生活によく触れて、それを自分自身のこととして大切にしてゆくのでなければなりません。
by oji-church | 2012-03-21 18:03 | 牧師からのメッセ-ジ