日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

2月5日の週報コラム「ひだり手」

「真の文明は」

★先日、東日本大震災で津波の被害を受けられた被災者の方から、初めてこういう言葉を聞きました。「がんばれ」「がんばろう」という言葉が、被災した者にとっては厳しい言葉として響くと。被災者はもう十分頑張っているのだ、と。被災された方からそういう言葉を聞いたのは、わたしにとってはそれがほとんど最初でした。震災から10ヶ月が経ってようやくそういうことが口にできるようになったのかもしれませんし、また、少人数の場所だったから言えたのかも知れません。
★辞書で「絆」という文字を引くとこう書かれています。「馬の足にからめてしばるひも。また、人を束縛する義理・人情などのたとえ。しばって自由に行動できなくすること」。もしかしたら「絆」という言葉の裏には、復興に向けて「がんばっている理想的な被災者」像に被災された方々を縛り付けようとする無言の圧力が働いているかもしれません。「強いニッポンよ、もう一度」というようなかけ声が充満し、その足手まといとなるような者は切り捨てることを「復興」と言うのであれば、「絆」も「復興」も、害こそあれ、何の益もありません。
★先日、田中正造のことを取り上げたテレビ番組を見ました。足尾銅山鉱毒事件で鉱毒の被害を受け、政府の政策によって鉱毒を溜める遊水池の底に沈められようとする谷中村に移り住み、政府に対して抗議の声を挙げ続け、全財産を投げ打って被害者のために尽くしたのが田中正造です。その田中正造がこう語っています。「真の文明は、山をあらさず、川をあらさず、村を破らず、人を殺さず」。田中正造が谷中村で被害の調査の最中に倒れ亡くなった時手元に残っていたのは、小さな信玄袋の中に日記帳、大日本帝国憲法の冊子、石ころ数個と鼻紙、そしてマタイ福音書の小冊子。それだけだったそうです。そういう田中正造の歩みの中には、「強さ」を目指すのとは違う、わたしたちの本当にあり得べき姿が示されているように思っています。
by oji-church | 2012-02-08 17:12 | 牧師からのメッセ-ジ