日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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1月29日の週報コラム「ひだり手」

「全能を断念する神」

★一昨年秋から、木曜日の祈祷会でヨブ記を読み進めてきました。その間に東日本大震災を経験し、先週ようやくヨブ記をほぼ読み通しました。
★ヨブ記に響いているのは「無垢な人が、なぜこのような苦しみを経験しなければならないのか」という問いかけです。その問いかけに答えて最後の現れる神様の答えは、天地万物の創造を語り、「お前にこれができるか」とヨブに問い返すもので、今風に言えば「逆ギレ」とも読める、にわかには納得のいかない答えです。
★しかしその奥底に響いているのは、他ならぬ神様の苦悩ではないかと思うようになりました。すべての生きとし生けるもの、この世界の森羅万象が自らの存在を生き生きと喜んで自由に生きることを大切にするこの世界にあって、悪や不都合を根絶やしにすることは簡単なことではないのだという神様の苦悩です。
★そこにいるのは全能の神ではありません。全ての生きとし生けるものが己の存在を喜んで生き生きと生きられるために、自分自身の全能の力を断念する神様。自分以外の者の自由と喜びのために、自分以外の者への愛のために、自らの力を断念し、自らを折りたたむ神様、です。本当の意味でわたしたちが自分以外の誰かと共に生きようとする時、そこには自分の持てる力や自分の都合、自分の自由の断念が含まれていなければなりません。自分自身をどこかで幾分かは断念することなしに、本当の意味で他者と共に生きたことにはならないのです。
★ヨブ記を丹念に読む中で、あの大震災・津波・原発事故という災厄を超えて、「なぜですか」と問うわたしたちへの神様の答えが無言の内に響いていることを知りました。わたしたちが神様から問いかけられいている、「あなたは、他者と共に生きるために、どのように自分自身を断念しているか」という問いをしっかり自分自身に問いかけながら歩んでゆきたいと思います。
by oji-church | 2012-02-02 10:50 | 牧師からのメッセ-ジ