日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月7日の週報コラム「ひだり手」

「戦争と原子力」

★最近ある方からこんなお祈りのお手紙を頂き、大変感銘を受け考えさせられました。ご紹介させていただきます。
★「神様、敗戦から六十六年も経ちました。戦後のつらさや苦しさ、悲しみも、すっかり忘れました。昔昔の話でした。今又、形を変えて福島の原発の問題に悩ませられ、苦しんでいます。八月六日の広島、長崎の原爆は形は変わっていますけれど、人間の受けた苦しみは同じです。“ピカドン”で天から大きな原子の雨となって、広島、長崎の町と人々は被災し、殺され傷つき七十年草木は生えないと、少ない原爆の情報に、国民は不安の中、空襲の中に生活して来ました。落としたアメリカにも意味があったかも知れないが、同じ人類を突然に危険にさらしました。神様の愛された被造物をこんな形で破壊してもいいのでしょうか。それなのに原発が導入される時に、私は大きな声で反対したでしょうか。悔やまれてなりません。それなのに、その記憶もうすれていて自分が悲しくてなりません。福島の原発は、天災と人災で再び日本の社会をおびやかしています。どうか、人間のおろかさをお赦し下さい。そしてあなたが愛して下さっている人間に、再びこの様な思いを及ぼさないでください。原爆忌を前にして、お祈りの場をお与え下さい」。
★「原子力」というのは、当初から前のめりに戦争の道具として開発され、広島・長崎において多くの人(子どもも含めて)の命を奪った「兵器」でした。それを戦後、何の反省もないままにわたしたちは用いてきて、いまこのような状況に直面しています。わたしたちは戦後66年間もしかしたらずっと戦争を続けてきたのかもしれません。そんなわたしたちが広島・長崎で命を失った人たちに見つめられていることを忘れてはいけないと思います。
by oji-church | 2011-08-10 14:20 | 牧師からのメッセ-ジ