日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

2月20日の週報コラム「ひだり手」

「誰の『方便』か?」

★昨年沖縄普天間基地の県外移設の断念を表明した際に、「米海兵隊の抑止力」を理由に挙げたことについて、前首相が「方便」であったと明かしたことが論議されています。メディアはこぞって前首相のこの発言を「言葉が軽い」「沖縄に対する背信」と非難しています。
★しかし9ヶ月前、「県外移設」をうたう首相に対して、非現実的とあげつらい、ただ「迷走」とのみ報道し、首相が「抑止力」と発言したとたんに溜飲を下げて「納得」し、黙り込んでしまったのはどこのメディアだったでしょうか。
★当時、多くの本土メディアはこの「方便」にいわば便乗し、その恩恵にあずかったのです。沖縄の人々がこの前首相の発言に怒るのは当然です。しかしヤマト(本土)の人間はむしろ、その「方便」に乗り込んでしまった自分自身を恥じなければならないはずです。「方便」は、前首相一人の方便ではありませんでした。
★むしろ前首相が「抑止力は方便」と明かしたことによって、米海兵隊が沖縄に留まる理由などなかったし、現在もないのだということが、より一層明らかになりました。そのことをもう一度肝に銘じなくてはなりません。そして改めて「沖縄に米軍基地はいらない」「普天間基地は移設ではなく、閉鎖・撤退・返還すべきである」と声を挙げるべきでしょう。それをしない限りは、前首相の「沖縄に対する背信」などをあげつらう資格はヤマトの人間には微塵もありません。ヤマトは戦前・戦後を通じてひたすらに「方便」を用いてこぞって「沖縄に対する背信」をし続けてきました。今度こそ、ヤマトの「方便」の皮を剥いで、その向こうにある真実に向き合うべきです。
by oji-church | 2011-02-24 08:54 | 牧師からのメッセ-ジ