日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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12月19日の週報コラム「ひだり手」

「クリスマスの喜び」

★クリスマス。わたしたちは喜びを表します。しかしクリスマスの喜びって一体何なのでしょうか。喜びには二種類あるように思います。一つは、苦しみや悲しみを見つめない喜び。もう一つは、苦しみや悲しみを見つめる喜び。苦しみや悲しみを見つめない喜びは、きっと一時の気晴らしに終わることでしょう。その喜びが去れば、また次の喜びが必要になり、それが昂じれば、わたしたちはいわば「喜び依存症」となってゆきます。
★究極的に人間同士が結びつけられるのは、苦しみや悲しみを共にすること・分かち合うことによってではないかと思います。苦しみや悲しみを共にし、分かち合うことを通じてわたしたちは、孤独ではないこと、苦しみや悲しみを負っていても、自分は自分のままであっていいと知るようになります。その喜びは、苦しみがあっても、悲しみが残り続けていても、いわば目に見えない形でわたしたちの内側に息づくようになります。それは「希望」と言い換えられかもしれません。希望があることによって人は、苦しみ・悲しみが残り続けていても、生きることができるようになります。
★聖書にはこんな言葉があります。「見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです」。クリスマスとは、様々な見失われた場所で人々の苦しみや悲しみが疼いているこの世の闇に改めて思いを向ける時、そして生まれてくるみどり子イエス様の助力を得て、この闇に向き合い立ち向かって、隣り合うお互いの苦しみや悲しみを少しでも分かち合い、受けとめあって希望を見いだしていく思いを新たにする時、それがクリスマスの時ではないかと思うようになりました。
by oji-church | 2010-12-25 08:59 | 牧師からのメッセ-ジ