日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月8日の週報コラム「ひだり手」

「本当の平和とは」

「子どもたちをわたしのもとに来させなさい。妨げてはならない」(マルコ10:14)。

★北支区社会部の主催による武藤一羊さんという長年アジアの平和運動に携わってこられた方の講演に深い示唆を与えられました。戦後日本は米軍の占領からの独立と引き替えに沖縄を差し出しました。それは昭和天皇の意志でもありました。沖縄は日本の独立から引き離され、銃剣とブルドーザーによって暴力的に人々を土地から追い立てて造られた米軍基地はそのまま残されました。
★戦前の天皇が帝国憲法によって「神聖ニシテ侵スベカラズ」とされたように、戦後は日米安保が「神聖ニシテ侵スベカラ」ざるものとなりました。沖縄の人々の上には「神聖ニシテ侵スベカラ」ざる重く大きなフタが閉められました。
★「普天間基地を国外、最低でも県外へ」とする先の首相の言葉は少しだけこのフタを開けました。するとその隙間から、基地のない平和な暮らしを求める沖縄の人たちの声が一斉に噴き出してきたのです。それで慌てて「抑止力」という一言でもってすぐさま再びこのフタを閉めてしまいました。このフタの下で、沖縄の人たちの戦争は今に至るまで続いているのです。
★「抑止力」などという一見モノの分かったようなコムズカシイ言葉を好むのは、この世の中で自分たちこそ主人公だと思いこんでいる大人の男性たちです。しかし「抑止力」などよっては、本当に人間が人間として自由に生き生きと生きることはできないことは、もう分かり切ったことでしょう。軍備によって守られるのは、軍備そのものか軍隊に命令を下す権力者だけです。イエス様は男性の権威・権力ではなく、権力や権威など何も持たず、価値のない、取るに足らないと思われていた女性や子どもたちの命そのものを愛そうとされたのです。本当の平和とはそのように本当の命そのものが愛され、大切にされることなのでしょう。
by oji-church | 2010-08-10 15:10 | 牧師からのメッセ-ジ