日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月1日の週報コラム「ひだり手」

「『みんなちがって、みんないい』と言うために」

《体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです》(Ⅰコリント12章22節)

★わたしが両手をひろげても、
 お空はちっともとべないが、
 とべる小鳥はわたしのように、
 地面(じべた)をはやくは走れない。

 わたしがからだをゆすっても、
 きれいな音はでないけど、
 あの鳴るすずはわたしのように
 たくさんのうたは知らないよ。

 すずと、小鳥と、それからわたし、
 みんなちがって、みんないい。

★金子みすずさんの詩の優れた点は「お空はちっともとべない」「地面をはやくは走れない」「きれいな音はでない」「たくさんのうたは知らない」。出来ることより出来ないことを並べて「みんなちがって、みんないい」と言った点でしょう。「出来る」高みからではなく「出来ない」低みに立って、そこから「みんないい」とさらりと言い切る、それがわたしたちの常識を軽々とひっくり返して新鮮に響きます。こういう詩はなかなか書けないものです。本当に「みんな違ってみんないい」と言えるためには、世の常識に逆らって敢えて「弱さ」「できなさ」に踏みとどまる決意、決心が必要なのです。
★ドイツのベーテルでは、ナチスのしょうがい者抹殺政策に抗して、「神は生きるに値しない人間を決して創られなかった」と言って人々はその命を守り抜きました。このような闘いを闘い抜くために、むしろ「弱さが必要」なのです。「お空は飛べない」、「きれいな音はでない」。そんな「出来ない」自分自身をそのままに「いい者」として愛する愛情が是非とも必要なのです。この同じ「弱さ」を違うみんなが一緒に生きているんだという熱い思いが必要なのです。
by oji-church | 2010-08-05 10:10 | 牧師からのメッセ-ジ