日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月30日の週報コラム「ひだり手」

「立ち上がる生命の広がりへと」

《神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。》(マルコによる福音書4章26~29節)

★イエスは、「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」と言われる。ユダヤの社会の最底辺に置かれた人々が立ち上がって神の国に入る。イエスは神の国というものを、そんな人が低みから立ち上がっていく、生命力溢れる命の営みとして考えていたのではないかと思うのです。
★ガリラヤの農民たちの生活は、ローマ帝国とエルサレムの神殿による二重の年貢に苦しめられ、それを納めるために土壌を酷使することも相まって、度重なる不作、それによって引き起こされる飢饉に始終脅かされる過酷なものでした。
★しかしそのただ中でイエスは敢えて言うのです。「人が種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長する」。確かに日々の生活は苦しいが、なお農民たちは畑に種を蒔き続けました。すると確かに種は芽を出し成長します。種自身が自らの生命力でもって立ち上がっていく命の営みです。苦しい農民たちの生活のすぐ傍らに、それでもなお生命力溢れて立ち上がっていく命があるではないか。その命の営みをイエス様は「神の国」として指し示すのです。
★教会の成長とは、何か内側と外側とを区切って、その区切りを広げていくことではなく、空に向かって伸びていく種の生命力に目を見はったイエスのまなざしをもって、この世界の命の営みのつながり、広がりへと、日々新たに目を見はっていくことではないかと思うのです。
by oji-church | 2010-06-05 14:59 | 牧師からのメッセ-ジ