日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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7月19日の週報コラム「ひだり手」

「階段と絶壁」

★7月17日(金)に、北支区社会部と部落解放委員会、信濃町教会の共催で、生活困窮されている方の支援に携わるNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の方をお招きして、集会を行いました。
★その中で「もやい」の代表理事の稲葉剛さんが、紹介された「カフカの階段」という話が印象に残りました。チェコ出身の作家カフカがこんなたとえ話をしています。「たとえてみると、ここに2人の男がいて、一人は低い階段を5段ゆっくり昇っていくのに、別の男は1段だけ、……先の5段を合わせたのと同じ高さを、一気によじあがろうとしているようなものです。先の男は、その5段ばかりか、さらに100段、1000段と着実に昇りつめていくでしょう。……しかしその間に昇った階段の一つ一つは、彼にとってはたいしたことではない。ところがもう一人の男にとっては、あの1段は、険しい、全力を尽くしても登り切ることのできない階段であり、それを乗り越えられないことはもちろん、そもそもそれに取っつくことさえ不可能なのです」(カフカ「父への手紙」より)。
★階段をゆっくり上っていくのは家と仕事を持っている人。同じ高さの絶壁を登ることを余儀なくされているのが、家と仕事を失ってしまった人です。ひとたび家・仕事を失ってしまった人は、そうでない人と同じ成果を上げるために、ほとんど不可能と思える努力を要求されるのです。それが今、わたしたちが暮らしている社会なのです。
★「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える」(マルコ12:10~11)。競争を煽る世界情勢をすぐには動かせなくても、この絶壁の前に石を一つずつ積み重ねて、登る道を作り出すことはできないかと思うのです。
by oji-church | 2009-07-21 10:53 | 牧師からのメッセ-ジ