日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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6月7日の週報コラム「ひだり手」

「霊とは気持ち?」

★もともと聖書の中の抽象的な話は苦手でした。具体的なイエスの働き、パウロの働き、旧約聖書でもイスラエルの人々の具体的な歴史的出来事などの方が触れやすいのです。でも、そうやって実際に聖書に具体的に語られているイエスの働きや、たとえ話、あるいは旧約聖書に語られている出来事、あるいはパウロの働きなどを読んでいく内に、具体的な、目に見える出来事の奥底に、目に見えない何かが横たわっていることを感じるようになってきました。それは、聖書に登場する人物一人一人の「気持ち」。それは具体的に目に見るものではありません。
★いくら具体的な、分かりやすい場面を取り上げてみても、その奥底の目に見えない部分に秘められている、人間一人ひとりの気持ちを汲み取ることができなければ、結局聖書の文字面を追っているだけのことになってしまいます。聖書の文字面の奥底に横たわっている、人間一人一人の「気持ち」を汲み取ることが、聖書を読む上で実はとっても大事なことなのです。
★聖書に語られている「霊」というのは、そういう目に見えない「気持ち」のようなものなのではないかと思うようになりました。一人ひとりの人間の中に「霊」が宿っているというのは、つまり、一人ひとり誰もが、それぞれの「気持ち」を抱えながら日々を生きているということです。神様もやはり「気持ち」を持っている。神様の気持ち、それが「聖なる霊」つまり「聖霊」というものです。
by oji-church | 2009-06-12 09:16 | 牧師からのメッセ-ジ