日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月31日の週報コラム「ひだり手」

「生きている者の神」(Ⅲ)

《「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている」》(マルコによる福音書12章26~27節)

★神様にとって死んでいる、生きているの違いは何もない。そのような神のまなざしから見直したとき、先のような一人の女性の命は、死んだ後に「天使のようなもの」になるばかりでなく、本来、生きている間から「天使のよう」に、大切にされるべきではないか、という問いかけが響いてきます。
★本来神様にとって、生きている、死んでいるの違いがないとするなら、死んだ人間が「天使のよう」になるのだとすれば、生きている人間も同じように「天使のよう」であるべきなのです。
★「天使のよう」とはつまり、天使のように「神様に愛される者」として尊重される、大切にされる、そして自由に解放されるということです。人が、別の人間の血筋や家系の存続のために利用されるようなことがあってはならないということです。
★死んだ人が「天使のよう」に尊重され、愛され、解放されるのであれば、生きている人もまた「天使のよう」に尊重され、愛され、解放されるべきであるということ。そういうことをイエス様は「神は死んだものの神ではなく、生きている者の神なのだ」という言葉で言い表しているのです。
by oji-church | 2009-06-06 10:11 | 牧師からのメッセ-ジ